- 2020.06.15
- 書評
『呪われた町』こそ、御大キングの真正(神聖)処女長編だ!
文:風間 賢二 (文芸評論家)
『呪われた町 上 下』(スティーヴン・キング)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『盗まれた街』は、五〇年代の共産主義者の洗脳や赤狩りに対する国民のパラノイアを表象しているといわれるが、キングが『呪われた町』を執筆した要因のひとつがそのパラノイアだった。ただし、キングの場合は当時(七〇年代)の世間を騒がせたウォーターゲイト事件をきっかけに起こったパラノイアだ。ある政府の高官による言葉、「もし本当になにかが起きているのならば、それはいったいなんなんだ?」、および「自分たちはなにか大きな力(政府)にコントロールされているのかもしれない」といった国民の強迫観念が、闇の中でひっそりと行われる吸血鬼化現象とそれを企図する吸血鬼王の存在をキングに思いつかせたらしい。
キングの生まれ育ったメイン州に構築された今日(こんにち)の架空のスモール・タウンが舞台。その忌まわしい場所(バッドプレース)とそこで暮らすどこにでもいるありふれた普通の人々の生活をゆっくりとしたテンポで詳細に語り、物語にリアリティを持たせていく。現実味あふれる平凡な人間が突如、突拍子もない異常な状況に封じ込められる。その結果、人々の日々抑圧されていた闇の部分が触発され、想像もできなかった惨劇が次々に生じ、最終的に壮絶な悲劇で幕を閉じる。映画や小説におけるひとつのナラティヴである『グランド・ホテル』スタイルの群像劇、そこから生じるマルチプロット、主要キャラが作家と子供で、ふたりの関係が父と息子を想起させるといった設定、推進力のある巧みなストーリーテリング、奇想天外な発想、自由奔放な想像力、そして大衆神話(B級映画やTVドラマ、コミック、俗悪娯楽小説、ポップ・ミュージック)を数多く挿入することで、キャンプ感覚を持ち合わせている読者への目くばせも忘れない。これらキング印の要素をすべて備えている本書は、まさに今ある〈ホラーのブランドネーム〉にして稀代のベストセラー作家キングの実質的な処女作と称していいのではないだろうか。
本書の作風をより文学的に高めたのが3Sの二つ目『シャイニング』であり、質量ともに最高潮に達したのが3Sの三作目『ザ・スタンド』である。極論だが、キングは以上の三作で、つまり七〇年代で完成していると言えるのではないだろうか。あとは今日にいたるまで3Sのバリエーションにすぎない。
申し遅れたが、本書には二編のスピンオフ短編がある。ひとつは、「呪われた村〈ジェルサレムズ・ロット〉」で、これは先に記したジェルーサレムズ・ロットの歴史がラヴクラフト風に語られる。もう一篇「〈ジェルサレムズ・ロット〉の怪」は、本書の後日譚である。これら二編はキングの第一短編集『深夜勤務』(日本語版は『トウモロコシ畑の子供たち』との二分冊)に収録されている。
また本編を読了された方は、ヴァンパイア・ハンターの仲間となったキャラハン神父の行方が気になっているのではないだろうか。実は、キング自身もキャラハン神父はお気に入りのキャラクターだったらしく、かれのその後の生きざまが気がかりでしかたなかった。『呪われた町』の続編を執筆してくれというファンからの熱心な要望に、キングは当初こう答えていた。自分は自作の続編はぜったいに書かない。自作のリサイクルを始めたら、作家としては終わっているから(と語っていたのも今は昔、結局、『シャイニング』の続編『ドクター・スリープ』を創作した)。
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