- 2020.08.07
- インタビュー・対談
夏休みの読書ガイドに! 2020年上半期の傑作ミステリーはこれだ! <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年上半期の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
「女性たち」が主役の文芸ミステリー大作
司会 ホームズの話題は尽きませんが、このへんで一区切りにしましょう。では、Nさん、次のおすすめを。
N 先ほど海外ミステリーのトレンドについて、文芸色が強くなっている、女性主人公が増えている、と言いました。今年上半期だと『ザリガニの鳴くところ』とか『果てしなき輝きの果てに』(ともに早川書房)などがまさにこれに当てはまる話題の本なのですが、同じ傾向のものの中で、私がいちばん感銘を受けたのが、ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』(東京創元社)。舞台は1950年代後半の米ソ冷戦の真っ最中。ソ連の作家ボリス・パステルナークが『ドクトル・ジバゴ』というソ連体制を批判する小説を書いたものの、当局に睨まれて本にできないでいる――という情報をCIAがキャッチします。じゃあこの原稿をいち早く入手し、本にして逆にソ連に送り込んで草の根から体制を揺るがしてしまえ! と、こういうミッションに挑む女性たちの物語なんですね。CIAでタイピストとして働く女性たちが本作の重要な主人公なんですけど、冒頭いきなり出てくるのが「わたしたち」という一人称複数形の語りで、これがとても面白い。その「わたしたち」の中に一人、ソ連から亡命してきた女性がいて、彼女は表向きタイピストだけれど、実は『ドクトル・ジバゴ』任務のエージェントでもある。そのエージェントの女性、彼女を見ている「わたしたち」、パステルナークの愛人だったロシア人女性……こうした女性たちが織りなす壮大な物語で、最後には感動的な結末が待っています。
読んで改めて感じるのは、いまの時代の物語って、マッチョな男たちが冒険するより、タバコをくわえたタイピストのお姉さんたちが颯爽と活躍するほうが絶対にかっこいいってこと。そのトレンドに棹さす作品群の中で、もっとも文芸寄りの作品がこれでしょう。『パリは燃えているか』を下敷きにしたと思しき邦題もいい。原題は「The Secrets We Kept」(わたしたちが守った秘密)で、これもイイですよね。強烈におすすめです。
H タイピストの女性が、戦時中のOSS(米戦略諜報局。CIAの前身)時代を懐かしく思い出すところなんてすごくいいんですよ。実はタイピストの彼女たちって学歴も能力もある優秀な人材で、戦乱の時代にはその能力を活かせと言われ、世界中でスパイ活動に従事していた。ところが平時になるとふたたび男女の枠組みの中に押し込められ、出来の悪い男の上司の下でタイプを打たされている。セクハラも当たり前の環境なんです。このあたり、現在にも通じるものがあると思わずにはいられません。
A 時代の中で何が踏みつけにされ、何が損なわれようとしているのか。そしてどういう人がそれに抗って生きているのか。大声でストレートに叫ぶのではなく、現場で抗っている人々にきちんと光を当てて時代を描こうとする手法がすばらしい。暮らしの細部にフォーカスすることでじんわりテーマが伝わってくるような描き方がなされていて、本当にうまい小説だと思います。
「歴史を描きたい」という思いは常に、作家さんはもちろん、編集者にもあります。でも、一生懸命勉強して書き込めば書き込むほど背景が書き割りのようになってしまうというジレンマもある。こういうふうに書けば「時代をも主役にできるんだ」と、背中を押されたような気持ちにもなりました。
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