- 2020.08.07
- インタビュー・対談
夏休みの読書ガイドに! 2020年上半期の傑作ミステリーはこれだ! <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年上半期の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
ホームズ・オマージュには「女子バディ」ものも!
T ホームズ&ワトソンの流れになっているので、藤野可織さんの『ピエタとトランジ〈完全版〉』(講談社)も紹介できれば。芥川賞作家の藤野さんが『おはなしして子ちゃん』に収録された短編「ピエタとトランジ」をふくらませ、その後の物語を書き継いで長編にした作品。天才的な頭脳を持つ女子高生探偵トランジと、彼女の才能に惚れ込んで助手に名乗り出たピエタの女子バディものです。トランジは事件を引き起こしてしまう体質の持ち主で、とにかく周囲で人が次々に死ぬ。その性質が世界中の人に伝染して、世界の人口がどんどん減っていくんです。
司会 『ピエタとトランジ』もホームズ・オマージュなんですね。
T はい。藤野さんはホームズを下敷きにして書きたいという明確な意図を持っていて、たとえばトランジと同じ事件誘発体質のため家に引きこもっているお姉さんの舞という名は、ホームズの兄マイクロフトにちなんでいる。トランジたちと別の道を歩むことになる、寮生仲間の森ちゃんはモリアーティに当たります。また女子バディにしたことで、フェミニズムの問題意識を無理なくエンタメに取り込んでいるところも面白いです。純粋なミステリーではありませんが、ホームズ&ワトソン形式を純文学の作家が書くとこんなユニークなものになりますよ、ということで、ミステリーファンが押さえておいてよい作品かと思います。
H 女性の友人どうしってライフステージが変わると離れざるをえない局面が訪れがちです。実際、ピエタとトランジも一回離れるんですけど、それがホームズ譚における「ライヘンバッハの滝」にあたるという構造になっている。ホームズたち二人のホモソーシャルな同居生活がいったん中断する契機となるライヘンバッハ事件を、女性性という観点から捉えなおすとトランジたちの物語になる。ある年齢にさしかかったピエタが、もう一度トランジと生きる人生を選ぶのかどうか、選択を迫られるところなどは読ませますね。
T あと1作、この流れで紹介したいのが、斜線堂有紀『詐欺師は天使の顔をして』(講談社タイガ)。いわゆるライト文芸で旺盛に作品を発表している注目の若手作家ですが、この作品もホームズ&ワトソン形式の変奏と言っていいかもしれません。霊能力詐欺を働くコンビの物語なんですけど、カリスマ霊能力者を演じていた子規冴昼が突然、失踪。3年後、子規と組んで詐欺をしていた助手役の要がなぜか超能力者しかいない異世界に紛れ込み、その世界で子規が殺人の容疑をかけられていることを知るんです。要するに、サイコキネシスが当たり前の世界では、人を殺すのにわざわざ接近する必要がない。なのに接近して殺害されたと状況が示していて、「非能力者が犯人だから」という理屈でかつての相棒に容疑がかかる。こういう特殊設定が次々に出てくるミステリーで、子規と要が互いにマウントをとりあうように巨大な感情をぶつけ合う会話もとても楽しいんです。
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