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夏休みの読書ガイドに! 2020年上半期の傑作ミステリーはこれだ! <編集者座談会>

夏休みの読書ガイドに! 2020年上半期の傑作ミステリーはこれだ! <編集者座談会>

「オール讀物」編集部

文春きってのミステリー通編集者が2020年上半期の傑作をおすすめします。


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

エンタメもやっぱり女性が強い!

N 私からはもう1冊、ヴィクター・メソス『弁護士ダニエル・ローリンズ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)。こちらも女性主人公ですけど、文芸系の『あの本は~』とは打って変わって直球のエンタメです。主人公は細々と麻薬事件などを引き受けている貧乏女性弁護士。自分の浮気のせいで離婚したのに、元夫がセクシーダイナマイトみたいな女性と再婚しそうになっているのが悔しくて、毎日やけ酒をのみ、女友達相手にくだを巻き、二日酔いで出廷する(笑)。ある日、知的障害のある黒人の男の子の弁護依頼があり、聞くと彼には主導的に麻薬を密売した容疑がかかっている。でも、あの子にそんなことできるはずがない、罠にはめられたんじゃないかと主人公が調べるわけです。ところが地方検事は「こいつが犯人だ」と決めつけてる。実は背後に法的な陰謀があり、事件はシリアスな展開を見せるんですけど、語り口がすばらしくユーモラス。主人公が立ち回る先はほぼ女性、いやな地方検事も女性で、彼女たちのやりとりがまた楽しい。終盤、いまのアメリカらしい、Black Lives Matterにかかわる問題が浮かび上がってきたりして、文庫でこれだけ面白い作品が読めるのは幸せだなと。文芸系の作品ばかりに光が当たりがちな昨今、この手の作品は軽く見られがちだけど、ぜひ多くの人に読まれてほしいと思います。

司会 文春の新刊、ニコ・ウォーカー『チェリー』も話題ですね。

『チェリー』(文藝春秋)

N 『チェリー』はバカな男の子の話なんです。そこそこ裕福な家に生まれた大学生なんだけど、なんとなくイラクに行ってトラウマを負って帰ってきて、麻薬にはまって、最後、彼が銀行強盗をしてしまうまでの物語。刹那的な若者の一人称で、ほんとこいつバカだなと思いながら読んでいくうちに、だんだん「これ、他人事ではないよな」という気がしてくる。「こういう刹那的なダメ感、俺の中にもあるな」と思わせる筆の力があるんですね。主人公は当然、PTSDを発症してると思われるんだけど、そうとははっきり書かず、ただあっけらかんとクスリをやり、女の子と寝る。文章がバカっぽいゆえに、かえって心に迫るものがあります。

最近の小説って、頭のいい人が頭のいい人に向けて書いているようなところがあって、下品さやバカさに対する共感が欠落してたりするんだけれども、「人間ってダメなとこあるよね」という素朴な真実に気付かせてくれる1冊です。海外のカルチャー系サイトに『チェリー』の評が出ていて、「若手アメリカ作家には近頃めずらしい、文学講座の臭いがしない純文学作品」と。言い得て妙だなと思ったものでした。

そして最後にもう1冊すべりこみで! SFの話題作『三体II 黒暗森林』(早川書房)が驚くほどミステリーでした。さわりを紹介しますと、異星人の大艦隊が四百数十年後に太陽系に到達する。人類はあわてて対策を練るけれど、異星人に監視されていて、全部ばれるんです。人々の通信も、発する言葉さえみな筒抜けなんですね。ただ頭の中だけは覗かれないということで、人類代表として4人の「面壁者」(ウォールフェイサー)が選ばれ、4人がめいめい誰にも言わず、異星人来襲を防ぐ準備を進めることになる。人類を救う策は彼らの頭の中だけにあり、読者にもそれがわからない。さて、4人それぞれの秘策とは何か? という謎で引っ張っていく。Iにもミステリーの要素がありましたけど、IIはその構造自体がミステリーといえますね。

司会 『三体』のIを読んでなくても楽しめます?

N それは読んでおいたほうがいいかな(笑)。一応、続編ではあるので。

司会 2020年上半期に限っても、読んでおきたい作品が目白押しで驚きました。国内も海外もバラエティに富んでましたし、ホームズものの強さを改めて感じるひと幕もありました。今度は年末に集まって、一年を総括する座談会をやりましょう!

単行本
あの子の殺人計画
天祢涼

定価:1,815円(税込)発売日:2020年05月22日

文春文庫
希望が死んだ夜に
天祢涼

定価:869円(税込)発売日:2019年10月09日

文春文庫
キングレオの回想
円居挽

定価:814円(税込)発売日:2019年11月07日

文春文庫
キングレオの冒険
円居挽

定価:869円(税込)発売日:2018年04月10日

単行本
チェリー
ニコ・ウォーカー 黒原敏行

定価:2,145円(税込)発売日:2020年02月20日

プレゼント
  • 『皇后は闘うことにした』林真理子・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/11/29~2024/12/06
    賞品 『皇后は闘うことにした』林真理子・著 5名様

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