- 2021.10.07
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2021年上半期の傑作ミステリーはこれだ!【海外編&まとめ】<編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2021年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
【1章ずつゆっくり読みたい本】
N 華文ミステリーに続いて、アメリカの王道を1冊。ハンナ・ティンティ『父を撃った12の銃弾』(松本剛史訳/文藝春秋)です。この座談会で自社本を推すのは格好悪いんですけども、僕、この小説が大好きでしかたないので、どうかお許しいただきたい。
ハンナ・ティンティさんは本邦初訳の女性作家。エドガー賞候補になった本書はお父さんと12歳の娘の物語なんですけれども、娘をつれてアメリカ中を流れ流れて暮らしてきたお父さんが、娘も大きくなってきたし「定住しよう」と一念発起して、亡き妻の故郷である海辺の街にやってくるんですね。お父さんの身体には、10いくつもの弾傷があり、そのことは娘も知っているけれど、傷の由来までは承知していない。基本的には、学校でいじめにあったり恋愛を経験したりして成長してゆく娘の物語が軸になり、合間合間に断章として「なぜ弾傷を負うことになったのか」というお父さんの来歴が、短編小説の形で挿入されていくんです。
お父さんは昔、ほぼ犯罪者だった過去があり、泥棒に入って逃げるときに1発撃たれた――など、1つ1つの弾傷の歴史とともに彼の人生が描かれていきます。やがて娘の母親になる女性と出会い、娘が生まれ、その奥さんと死別することになるわけですけれども、彼は放浪して暮らしているあいだ、必ずバスルームに奥さんの写真など、思い出の品を飾っています。何かの拍子に家を逃げ出さざるをえない羽目に陥っても、娘に「しまえ!」と命じて、奥さんの思い出の品を絶対に肌身離さず持っていく。それほどまでの想いを彼女に抱いたゆえんであるとか、そもそも、なぜ奥さんを亡くしてしまったのかとか、1篇1篇がヘミングウェイを思わせる乾いた筆致で、さながらアメリカ文学の名短編のような味わいなんです。
それに加えて、娘のパートは非常にしっかりしたいまどきのミステリーになっている。「女性の生きづらさ」を何らかの形で突破していく物語って現在の海外ミステリーの1つの主流ですけれども、本書もまたそのど真ん中の王道をつき進んでゆきます。僕はミステリーを「悪いことに関する文学」と定義しているのですけれど、「人生を切り拓くための悪いこと」は果たして本当の悪なのか? という問いが本書の一貫したテーマとしてあり、それが少女の成長に合わせて描かれていきます。最終的にはお父さんの過去の話と、娘の現在とが1つに合流します。最後の一文がまたすばらしく、小説的な伏線がきれいに回収される構成の美しさも相まって、自分が担当していて何ですけど、大好きな1冊と言うほかありません。
司会 いわゆる文芸路線のミステリーですね。昨年、話題を呼んだディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』(友廣純訳/早川書房)が好きな方には強烈におすすめです。海辺の街の自然描写も格別。
KU 現代パートは青春小説として、過去パートは硬派なクライムサスペンスとして、いずれも完成度が非常に高い。1章ずつゆっくり頁をめくっていきたい本だなと思いました。一見、クラシカルな建てつけの父娘小説なんですけれど、全編通して流れる価値観がすごくフラットで、「いまが描かれている!」と実感できるところもいいんです。
N お父さんはたしかに弾傷を持つ荒くれ者だけど、決してマッチョではなく、抑圧的でもなく、嫌な感じがしないんですよ。僕は地味なエピソードも好きで――ここまでは明かしてもいいかな――お父さんの弾傷のうちの1つは、コルトを掃除していてうっかり自分で足を撃っちゃったという少々情けないものなんですね。でもその日はハロウィンなので、血が出ているのに何ともないフリをして、厳重に傷口を密閉して靴を履いて、娘と一緒に街へ出る。「ハッピーハロウィーン!」なんて言ってるうちに靴から血が染み出してくるんだけれども、幼い娘には「ペンキをこぼしただけ」とごまかして、静かにハロウィンの家々を回り続ける――それだけを描く章が、じつに微笑ましくも美しいんです。
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