【ひどい目に遭い続ける主人公】

N 僕が今日、いちばん推したいと思っているのは、スウェーデンの作家アルネ・ダール『狩られる者たち』(田口俊樹・矢島真理訳/小学館文庫)。元ストックホルム警察のサム・ベリエルを主人公にしたシリーズ第2作で、前作『時計仕掛けの歪んだ罠』(田口俊樹訳)も小学館文庫から出ています。この前作がまた、とんでもないことが次々起こる警察小説なので、未読の方はぜひ読んでいただきたいのですが――。

『狩られる者たち』(アルネ・ダール/小学館文庫)
『時計仕掛けの歪んだ罠』(アルネ・ダール/小学館文庫)

このベリエル刑事、前作で、少女3人の連続失踪事件を見事に解決するんですが、前作の最終章で「こんなことがありえるのか」というほど、あまりにも過酷すぎる事態に直面し、警察官を辞めざるをえなくなります。その結末の衝撃が冷めやらぬまま本書『狩られる者たち』を読み始めると……当初、何が起きているのか、よくわからないんですね。主人公のベリエルと、やはり前作のラストで警察を辞めることになった元公安捜査官の女性モリー・ブロームが、なぜか同じバンガローに住んでいる。そしてそれを監視している何者かがいるらしい。いっぽう主人公と同じサム・ベリエルという名前を持つ患者が精神科病院から脱走しようと暴れている章もある。いったい何が起きているのか? って……何を言ってるかわからないと思うんですが(笑)、でもこれ以上は何も言えないんですよ。そもそも本作は、「何が起きているのか」が徐々にわかってくるところに妙味のあるミステリーでもあります。

北欧の警察小説って、アメリカの警察ものに比べると体温が低く、フラットで円熟した味わいのものが多いんですけど、アルネ・ダールのこのシリーズは強烈にヒリヒリしています。そもそも主人公が警察を辞めさせられた上に当局から追われている。さらに主人公自身が何らかの犯罪のターゲットとしても狙われているらしい。こうした四面楚歌状態に置かれながら、国家捜査指令本部のお偉いさんに「あなたにしかできない」と非公式な捜査を頼まれ、やむなく私立探偵役までつとめる羽目になる! むろんミステリーなので事件は解決するんですけど、ベリエルたちのヒドい状況はぜんぜん変わらず、むしろ悪化し、またもや驚くような結末が待ち受けています。

最近の海外ドラマの傾向として、シーズンのお尻で決まって大変なことが起き、どうすんだよこれ! みたいな状態で幕を閉じて、次のシーズンへと繋がっていくものが多いでしょう。あの手法と似ていて、これはもうシリーズ第3作も読まないわけにいかない(笑)。「北欧ミステリー、ちょっと飽きちゃったよ」という方がいたら、前作の『時計仕掛けの歪んだ罠』から『狩られる者たち』まで一気に読んでみてほしいです。ミステリーやサスペンスって、読み慣れちゃうと「まあ、どうせ解決するじゃん」的な安心感がつきまといますが、このベリエル・シリーズだけは本当にどうなるかわからない。常に主人公が「これは死ぬよね」という悲惨な目に遭い続けるんです。

結局、何を言ってもネタバレになってしまうのでもどかしいんですが、この「わからなさ」からふと何かが形を成す瞬間の驚き、それによって生じるさらなる四面楚歌状況を、ぜひ味わっていただきたい。強く強く推したい傑作です!

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