- 2021.10.07
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2021年上半期の傑作ミステリーはこれだ!【海外編&まとめ】<編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2021年の傑作をおすすめします。
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
【ポル・ポト政権下の過酷な状況】
K 文芸的要素が強いミステリーという流れで、ユーディト・W・タシュラー『誕生日パーティー』(浅井晶子訳/集英社)を。オーストリアの田舎町に幸せそうな家族が暮らしているんです。一家のお父さんのキムはカンボジア移民なんですけど、彼の50歳の誕生日に、小学生の息子ヨナスがこっそりサプライズゲストを呼ぼうとするところから物語は始まります。ゲストの女性は両親の幼馴染みで、じつは昔、ポル・ポト政権下のカンボジアからお父さんとともに逃れてきた人らしい。ヨナスは伝手を辿ってその女性に連絡をとり、「お父さんは本当に喜んでくれますか?」と聞く彼女に「絶対よろこんでくれます!」と返事をして、実際にアメリカからゲストがやってくるんですね。
ところが、肝心のお父さんがものすごく微妙な反応を示すんです。たしかに幼馴染みだけれども、どうも事情があって本当は再会したくない相手だったらしい。しかも彼女は別れ際、キムさん一家に「あなたの誕生日が本当は今日じゃないことさえ、みんな知らないの?」と、爆弾発言を残していくんです。
物語は、キムさんの亡命当時に遡ったり、また現代に戻ってきたり、過去と現代を行きつ戻りつ、時に奥さんの子ども時代が描かれたりもします。断章形式なのですけれど、情報の出し方がものすごく上手くて、次第次第にキムさんの人生が浮かび上がる仕掛けになっている。読んでいていちばんつらいのは70年代ポル・ポト政権下のクメール・ルージュ時代の描写で、少年兵である〈ぼく〉の視点で、人間ってこんなに残酷になれますかね、と顔を背けたくなるようなシーンがたびたび描かれます。子どもたちが残虐にならざるをえない描写の連続が本当につらく、途中まではミステリーなのかどうかさえわからないまま進んでいくんですけど、「何かおかしい」「いったい何が起きているのか」と違和感を抱かせる箇所もあり、つらいシーンに耐えながら読んでいくと、ある瞬間、風景が一変して「あ、ミステリーだったんだ」とわかる。現在のキムさん一家のやりとりには心暖まるところもあり、他方でショッキングな過去の描写もあり、情緒が行ったり来たりして、大いに心を揺さぶられる作品でした。
N 『誕生日パーティー』は著者の邦訳2作目で、前作の『国語教師』(浅井晶子訳/集英社)も、メールのやりとりなど、さまざまなテクストが交錯する中から意外な光景が浮かび上がってくる作品でした。今回は、よりいちだんと構築のしかた、情報の出し方を工夫して、ポル・ポト、クメール・ルージュといった大きなものを描こうとしていますね。
抜群に面白いんだけど、ところどころ「著者はミステリーを書くつもりがないのかな?」と思うところもあるんです。ネタバレにならないようぼやかして言うと、たとえば、お父さんの異名を割と早くに明かしてしまう。ミステリー作家ならもっと後まで隠すところですよね。本書の焦点はあくまで「ポル・ポト政権下で何が起こったか?」にあり、人間の残酷さや悲劇性を、ミステリー的な情報の操作、真相の隠し方によって増幅してみせている。つまり、手法としてミステリーの技術を非常に上手く使っていると言えます。そういう意味では、いささか乱暴な言い方をすると、ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』(松永美穂訳/新潮文庫)と同じ手触りの作品かもしれません。
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