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作家の羽休み――「第48回:罪な焼き芋」

作家の羽休み――「第48回:罪な焼き芋」

阿部 智里


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 人間は一度贅沢を覚えると戻れなくなる、という言説はよく聞きます。以前は「大げさだなあ」と笑っていたのですが、私は現在、それを聞くと真顔になってしまいます。

 それと言うのも、「もう他のものは食べられない……」というところまで来てしまった食べ物があるからです。

 この時期になると食べたくなる甘味――そう、焼き芋です。

 もともと、私は焼き芋が大好きでした。

 幼少期に通っていた幼稚園は赤城山の中腹にあり、キャンプ場を所有していたので、そこでキャンプファイヤーのお供でよく焼き芋を作りました。自宅でも畑でバーベキューをする際には、濡らした新聞紙とアルミホイルに包んだ芋をよく突っ込んでいたものです。

 冬場に「やーきいもー」の声が聞こえるとわくわくしますし、スーパーで買って来た芋を家族で分けあった際、父が割った断面にバターを落としてくれたのは良い思い出です。

 ですが今、私は普通の焼き芋では満足出来なくなっています……。

 初めてその焼き芋を食べたのは、まだ大学の寮にいた頃だったでしょうか。確か母が「すごく美味しい焼き芋屋さん見つけた!」と言って、わざわざ東京に焼き芋を送ってきたのです。

 私は当初、ラップに包まれジップロックに入れられた芋を前にして、懐疑的でした。「えー! わざわざ焼き芋を送ってくれたの? 東京にもちゃんと売っているよ!」とさえ思っていたのです。が、試しに一口食べて、ぶっ飛びました。

 え、なんだこれ、めちゃうま!!

 当時はねっとりしたお芋が流行中だった気がするのですが、それとはちょっと違っていました。いや、確かにねっとり感はあるのですが、私の知っているねっとりした芋よりもふわっとしていて、なんとも軽い食べ心地なのです。しっとりと金色に輝く身の甘いこと、甘いこと! 砂糖が入っていないのが信じられないレベルでした。それなのに、食感が軽いせいで、いくらでも食べられてしまうのでした。

 いつもはお芋の尻尾は固いので残していたのですが、この芋の先っぽは蜜が垂れて飴状になっており、ぱりぱりと音を立てて、皮の一片まで残さず平らげてしまいました。

 こんな焼き芋、食べたことがありません! 

 いや、強いて言うなら、大学の実習で真冬に埼玉山中で土器を焼いた時、教授が窯の近くに放り込んでじっくり焼いてくれた焼き芋に近いかもしれません。しかしあの時は朝から何も食べていない猛烈な空腹で、寒くて震えながら小さい焼き芋をみんなで分け合った……という壮絶なオプションが付いていました。

 この焼き芋は、そのオプション付きの味を、飢えても凍えてもない東京の寮の一角で再現してみせたのです。

 まさに、至福の焼き芋というにふさわしい味わいでした。

 なるほど、これはすごい! 母がわざわざ私に食べさせたい、と思って送ってくれた親心が大変よく分かり、手のひらを勢いよく返して母の愛に感謝を捧げました。

 以来、母の愛に甘え、ちょくちょく焼き芋を東京に送ってもらうようになったのです。

 ですがそれは、とんでもない間違いでした。それが己の身に何をもたらすのか、私はまったく分かっていなかったのです。

写真はイメージです
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