
ある時、「たまには焼きたても食べたいなー!」と思って、最寄りのスーパーで焼き芋を買いました。そして、一口食べて愕然としました。
お芋の味がしない、と思ってしまったのです。
誤解がないように申し上げますが、そのスーパーが悪いわけでは全くありません。企業努力によって、ちゃんと美味しい焼き芋だったと思います。少し前まで、私はそれを喜んで食べていたのです。
変わってしまったのは私のほうでした。あの焼き芋を食べてしまったせいで、「普通に美味しい」では満足出来ない体になっていたのです。
しかも被害は焼き芋だけに留まりませんでした。
最近になって気付いたのですが、わざわざ「うまそう!」と思って買って来たスイートポテトやらお芋のお菓子やらを食べても、比較対象があの焼き芋になってしまったせいで、「すごく美味しい!」という感動がなくなってしまったのです。
贅沢を覚えてしまった……と思いながら例の焼き芋を食べるのですが、その度にやっぱりとびきり美味しいので、もうそういう舌にカスタマイズされてしまったのだと思います。
私をそんな体にした犯人は、実家近くのホームセンターでお店を開いている小さな焼き芋屋さんです。
有名なブランド名がついているわけでも、大きな店舗を構えているわけでもありません。傍目にはごくごく普通の焼き芋屋さんなのですが、ここの焼き芋が(小説家としてはあるまじきことに)言葉を失くすレベルの美味しさなのです。
一度、母の買い物に同行した際にお店に伺ったことがあります。車を降りた瞬間にふわぁっと香ばしい焼き芋の香りがしました。挨拶したご店主は、とっても優しそうな、笑顔の素敵なお姉さんでした。勝手にいかつい職人さんを思い浮かべていたので、びっくりしてしまったのを覚えています。
今回、コラムを書くために改めてその焼き芋屋さんにせっせと通う母に話を聞いたのですが、あのお姉さんは毎度大変親切な接客で、お客さんとおしゃべりをする中でその人好みの焼き芋をわざわざ選んでくれるのだそうです。しかも、時期によってその時一番いい芋を探してきているらしく、今日の芋はどんな芋なのか、どんな特徴があってどういう味わいなのかまで、丁寧に説明してくれるとのことでした。
多分、産地や種類が違う時もあったのでしょうが、私の知る限り、あそこの焼き芋が美味しくなかったことは一度もありません。
お姉さんがたまたまいない時に代打の方が来ていたそうですが、その方は「彼女はね、焼き芋の天才だよ」と語っていたそうです。
あの芋の虜になってしまった身からすれば、本当にその通りだと思います。
あの美味さの裏には、ご店主の焼き芋のセンスと、それを形作ったとんでもない努力、それに加えて、お客さんへの細やかな思いやりがあるのでしょう。
今日も創造主たるご店主に感謝しながら、美味しい焼き芋をじっくり味わおうと思います!

阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。
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