拙作、八咫烏シリーズの1作目『烏に単は似合わない』がこの世に出て、もうすぐ丸10年になります。当初は平安ファンタジーの体でしたので、よく「どうして登場人物が烏なの?」と訊ねられたものでした。この問いには、「別に烏でなくてもよいのでは?」という意味のほかに、「どうしてわざわざ烏を主人公にしたの?」という意味も含まれているように感じます。
確かに、日本において、烏はあまりいいイメージを持たれていません。ゴミを荒らす害鳥、死肉をむさぼる怖い鳥、鳴き声も気味が悪い、黒くて不気味な怪鳥――そんな風に考えている方も、いっぱいいらっしゃるのでしょう。
ですが私は、烏はめちゃくちゃ面白くて美しい鳥だと思っています。
まず、全身黒一色という時点で最高にクールなのですが、その羽を陽の光の下でよく見ると、深い紫から青、時々明るい緑の光沢を持っていることが分かります。羽自体に色が着いているわけではなく、構造色によるもので、シャボン玉が虹色に輝くように光るわけです。烏の濡羽色とはよく言ったもので、近くで見られるとうっとりしてしまいます。
私の実家の周辺はやたらと烏が多く、とある神社の鎮守の森では、軽く見積もって100羽くらいの烏が常時見られます。小さい頃は襲われてしまいそうで怖かったのですが、とあるキッカケで、烏に親近感を覚えるようになってしまいました。
小学校3年生ぐらいの頃だったでしょうか。
通学路にある塀の上に、よく1羽の烏が留まっていることに気付きました。
全体的に羽がふわっとしていて、目がきゅるきゅるしていたあの子は、私が近くに寄っても逃げようとしませんでした。今考えると、あの警戒心の薄さは、巣立ち直後の若い烏だったのでしょうね。
毎日顔を合わせるうちに、「おはよう」「今日は暑いね」などと声をかけるようになったのですが、そうすると不思議そうにこちらを見て首をかしげるので、なんだか可愛く思えてきたのです。
ところが、今日はどこにいるかな、と下校時にその烏を探すようになったある日――いつもの塀のすぐそばの電柱の下に、小さな黒い影を見つけてしまったのです。