「もっと早く教えてもらわないと困ります」不妊治療外来で、患者さんが産婦人科医に聞きたかった「本当に大事な妊娠の話」
出典 : #文春新書
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
どこまで拡げる体外受精
体外受精の技術が一九七八年にイギリスで成功すると、またたくまに世界中に拡がり、八〇年代には様々な応用が始まりました。卵子提供・精子提供や代理懐胎と呼ばれるものです。それまで、生まれつき卵子がないこと、子宮がないことなどは、絶対的不妊因子とされ、そうした因子を持つ人が子どもをもつことは望めませんでした。その割合は何百人か一〇〇〇人に一人とされ、日本全体では数万から数十万という方が当事者として悩んでいます。しかし、技術の発展によって、絶対的不妊の因子を持つ人々も子どもを授かることが可能になりました。
こうした卵子提供や代理懐胎は世界では当たり前の技術になりつつありますが、日本は依然として慎重に取り組んでおり、「鎖国」的な状態が続いています。
二〇一七年には読売新聞で、「台湾で不妊治療 卵子提供受け一一〇人誕生」(五月七日付)と報じられましたが、一一〇人という数字は二〇一四年~二〇一六年の三年間に、日本人が台湾に渡航して卵子提供を受けて出産したことが判明した子どもの数で、氷山の一角にすぎません。実際には数百、数千にのぼる人々が卵子提供や代理懐胎で子どもを授かっているでしょう。
第三者からの卵子・精子提供については、国内でも二〇二〇年一二月に生殖補助医療法が成立し、第一歩が踏み出されました。
そして精子の提供については二〇二一年に国内初となる民間の「精子バンク」の運営が始まり、道筋が見えてきましたが、精子の売買やそれに関係する事件などが起きている現在、国民の理解に基づいたルール作りも社会で考えていかなければなりません。
当事者だけでなく社会で議論を
いまや、生殖医療を取り巻く状況は加速度的に変化しています。これまで受精卵が着床する子宮内膜は「ブラックボックス」と言われ、未知の領域でした。しかし、この二〇年ほどで子宮内膜の研究も盛んになり、卵子ほどではありませんが、加齢によってエイジングすることも分かっています。前述のPRP療法も子宮内膜研究が進められたことによる技術発達の賜物であり、現在も様々な研究がなされています。これについては第五章で解説します。
今後、さらなる議論の的となるのは着床前診断でしょう。この技術は世界では遺伝病に対して一九九〇年頃から、日本では二〇〇四年から使われ始めました。現在の体外受精では、見た目や発育状況から子宮に戻す胚(受精卵が成長し複数の細胞に分裂したもの)を選んでいますが、胚の段階では染色体異常を持つものも多く、それらを子宮に戻したとしても着床しないか、しても流産してしまいます。ただし二一番の染色体が三本の場合は、流産せず生まれることもありますが、ダウン症(21トリソミー)になります。
そこで、諸外国では流産の予防を目的として、体外受精で得られた胚を子宮に戻す前に、胚から一部の細胞を採取し、染色体数を調べ、本数に異常がみられるものは子宮に戻さないようにする、染色体の数的異常に対する着床前診断が取り入れられるようになりました。着床前診断については第五章で詳しく解説しますが、アメリカでは多くの州において着床前診断が認められており、アジアでは台湾やマレーシアでも検査は普及しています。男女の産み分けにもだいぶ前から利用されているのも事実です。「遺伝する重篤な病気」は別として、日本では命の選別に繋がるとの考えから、「繰り返す流産」と「二回以上連続して良好胚移植で妊娠しない場合」などに臨床研究として認められています。良好胚移植とは、体外受精の過程で良好な発育状況の受精卵を子宮に戻すことを指します。
この着床前診断をめぐる日本の議論も、やはり日本の「鎖国」的な状況を表しています。なぜなら、こうした妊娠を取り巻く環境の革命的な変化に対し、日本の法整備や倫理をめぐる議論は、諸外国と比べて一向に進んでいないからです。
本書では、こうした問題意識を不妊治療の当事者のみならず、広く一般に伝えたいと思っています。初めて知る言葉が出てきたり、難しく感じたりするところがあるかもしれません。なるべく平易な言葉を使いながらご説明しますが、より詳しく知りたい方向けには、別枠にコラムを設けました。
生殖医療の現場で起きている「革命」は、生命の始まりとは何か、新しい親子・家族の在り方とは何かなどを、次々に私たちに問うてくるでしょう。この本が、その問いを考える一助になれば幸いです。
(「はじめに」より)
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