作家として、後ろを育てていく
門井 昨年末の菊池寛賞授賞式では、受賞者である演出家の三谷幸喜さんが、菊池寛の格好をして登場されましたよね。そのとき、「すごく面白いな」と思ったんですが、他の会社だったらそうはいかないかもしれないとも感じたんです。
林 松下幸之助の格好を、パナソニックのパーティーでできるかどうか。
門井 きっと大変なことになります(笑)。
林 でも文春の社長はすごくニコニコ笑っていて、嬉しそうでした。
門井 社員も率先して社外に吹聴して自慢していましたからね(笑)。
林 私が考えるに、日本で慕われるリーダーって特殊で、清濁を併せ呑むことも求められると思うんですね。清らかなだけじゃ、人はついて来ない。菊池寛のリーダーシップは、人間性ゆえのものだと思います。どんなにお金持ちでも、他人にお金を使えない人も多いですから。
門井 確かに、日本人の傾向として、道徳は好きでもそれを人生に適用しない気がします。
林 私もこれまで「エンジン01」という文化人団体のリーダーを11年やってきて、人をまとめて、お金を集めて……というのを続けていたら、結構自信が出てきました。わりと周囲は話を聞いてくれるし、私が「これをやる!」と大声で言えばいいんだと分ったんですね。あと、フットワーク軽く、いろんな情報やお金を集めてくること。
門井 社長室にどーんと座っていてもだめなんですね。
林 そうなんです。「こういう交渉をしてきましたよ」と、みんなの前で素早く言えないと、今のリーダーにはなれない。この団体の他に、東日本大震災で親御さんを亡くした子供たちを支援しているんです。一朝一夕では結果が現れる取り組みではないですが、いろいろな可能性が開かれていくのを目の当たりにできます。医者になった子、最近はパイロットになった子もいますね。
門井 リーダーとしての菊池寛を考えると、いまのお話にも通じますが、会社を残したこと以上に、人を残したことが一番の功績だと思います。社長としては、入社させた佐佐木茂索、永井龍男、池島信平といった編集者たちが、続々と菊池寛には思いもよらなかったようなことを成し遂げ、文藝春秋を盛り立てた。池島が回想するには、入社当初、やれと命じられる仕事がすべて面白かったんだそうです。それは池島にたまたま合ったことももちろんありますが、稀有な環境ですよね。あるいはそう思える人を採用する能力も高かったのかもしれません。
そして作家としては、何といっても横光、川端を育てた。さらには死ぬまでヤンチャ盛りみたいな小林秀雄をきちんと文藝の世界にとどめた。後世に残るような人をたくさん残したということ、それこそが菊池寛の残した最も大きなものと思います。
文学賞選考委員として
林 私自身も、やはり菊池寛が作った直木賞を頂いて、そして文学賞の選考委員を務めるということには、大きな使命感を持っています。直木賞に関して言えば、世間で言われているようなしがらみって全くなくて、みんな一生懸命に候補作を読んでいるんです。今回は分厚い本も多くてお正月休みはなくなりましたが、選考会に向けて本を集中的に読むと、やっぱり本って面白くて、大好きだなと改めて思いました。この文化を継承してもらうためにも、受賞作が売れてくれるように、売れてくれるようにと毎回祈るような気持ちでいますね。
門井 文学賞の選考は、つまり商売敵を育てるようなことですよね。ご自身の作品が売れていくことと、本の文化継承と、どちらかを選べと言われると軸足は……。
林 それは、私の本が読まれる方に決まってるじゃないですか(笑)。印税が入れば、若い人たちにごちそうもできますからね。私にできるのは、素晴らしい新人の方を世に出して、見守っていくことくらいです。
門井 僕はオール讀物新人賞の選考委員を務めていて、選考に携わった高瀬乃一さんが、受賞作のシリーズをまとめた初の単行本『貸本屋おせん』を出されたんですね。それがすぐ重版になったと聞いた時、自分でもびっくりするぐらい嬉しかった。「ああ、そうか、こういうふうに作家として歩んでいくのか」と実感して、このうれしさ、この胸の温かさはなんだろうと思いました。
林 そこに文学賞の良さがありますね。あまりにも美しい話かもしれませんが、そういう気持ちは菊池寛から会社、そして個人へと受け継がれているはずです。作家ひとりで残せるものの限りを超えて、文化の継承者としてすごく大きなパワーで何倍ものものを残された方だと思います。
ベストセラーの周期?
門井 今日は林先生にお目にかかるにあたって、伺いたいことがありまして。私、現在51になりますが、これから一日でも長く作家として生きていくには、どうしたらいいか、常々気になっています。
林 まだ51とは。お若いですね。第一に、いろいろとお書きになって、変化していくことだと思います。門井さんと言えばこれ、という定番のイメージで売れるのは確かですが、読者を裏切るような作品も必要でしょう。門井さんなら、ものすごいエロティックな恋愛小説を書くとか。
門井 予想外のご提案でした(笑)。
林 「ウソー!」という反応って、本当に大切なものですよ。読者の方につねに安心感を与えていると、飽きてしまう方だっていますから。もちろんずっと読んでくださる方もいますが、たまには「あなたたちの言う通りには書かないよ」という作品を書くことも大事です。これまでと一味違う挑戦をしたり、裏切ったりして、新しい読者の方もどんどん獲得していきましょう。そして毎回毎回というわけにはいきませんが、4、5年に一冊はベストセラーは欲しいところですよね。
門井 それは、なかなか難しいハイペースですね(笑)。『銀河鉄道の父』で直木賞を頂いたのが、5年前になります。
林 ちょうどこの周期で『銀河鉄道の父』も映画化されますし、たくさん売れるでしょうね。『文豪、社長になる』も多くの方に読まれますよ。
門井 そして最後にすみません、罪の告白をよろしいでしょうか。
林 なんでしょう?
門井 じつは私、日本文藝家協会に未入会でして……。
林 それは大問題じゃないですか! すぐに手続きしてください。
(「オール讀物」3・4月合併号より転載)
(編集部より)
その後、門井さんは無事日本文藝家協会に入会されました。
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はやしまりこ 1954年山梨県生まれ。86年「最終便に間に合えば」「京都まで」で直木賞、2020年菊池寛賞を受賞。第123回直木賞より選考委員を務める。
かどいよしのぶ 1971年群馬県生まれ。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。18年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。
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