書評

様々な「悲哀」を乗り越える、人間の貴い姿を描いた。周五郎短編は、終わることがない――#3

文: 沢木耕太郎

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

「ひとごろし」

 藩内で一番の臆病者と自他共に認める武士が、藩内で一番の武芸者を上意討ちのために追うことになる。

 これが、この物語のすべてである。

 臆病者の名は双子六兵衛、武芸者の名は仁藤昂軒。仁藤は口論の末、主君の御側小姓を切り捨てて逃亡した。双子は臆病者という自らのレッテルをはがすため、志願して追っ手を引き受けた。

 さて、どのように討てばよいのか。いや、そもそも討つことなどできるのだろうか。

 主人公の双子が途方に暮れるだけでなく、読んでいる私たちも一緒になって途方に暮れざるをえない。

 だが、ついに、双子六兵衛はその方法に思い至る。

《「卑怯者」と昂軒は顔を赤くしながら喚きかけた、「きさまそれでも侍か、きさまそれでも福井藩の討手か」

「私はこれでも侍だ」と逃げ腰のまま六兵衛が云った、「上意討の証書を持って、おまえを追って来た討手だ、だが卑怯者ではない、家中では臆病者といわれている、私は自分でもそうだと思っているんだ、卑怯と臆病とはまるで違う、おれは討手を買って出たし、その役目は必ずはたす覚悟でいるんだ」》

 これは、双子が「臆病者だが卑怯者ではない」という、その奇策を編み出すまでの物語である。

 これはまた、一種の滑稽譚でもある。臆病者と武芸の達人。弱者と強者。しかし、この立場が徐々に逆転していくというところに面白さがある。強者に対しては勝つ方法があるが、絶対の弱者に勝つ方法はない、という逆転の発想が鮮やかだ。途方に暮れていたはずの弱者の逆襲によって、今度は強者の方が途方に暮れる。

将監さまの細みち山本周五郎 沢木耕太郎編

定価:本体870円+税発売日:2018年07月10日


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