「ひとごろし」
藩内で一番の臆病者と自他共に認める武士が、藩内で一番の武芸者を上意討ちのために追うことになる。
これが、この物語のすべてである。
臆病者の名は双子六兵衛、武芸者の名は仁藤昂軒。仁藤は口論の末、主君の御側小姓を切り捨てて逃亡した。双子は臆病者という自らのレッテルをはがすため、志願して追っ手を引き受けた。
さて、どのように討てばよいのか。いや、そもそも討つことなどできるのだろうか。
主人公の双子が途方に暮れるだけでなく、読んでいる私たちも一緒になって途方に暮れざるをえない。
だが、ついに、双子六兵衛はその方法に思い至る。
《「卑怯者」と昂軒は顔を赤くしながら喚きかけた、「きさまそれでも侍か、きさまそれでも福井藩の討手か」
「私はこれでも侍だ」と逃げ腰のまま六兵衛が云った、「上意討の証書を持って、おまえを追って来た討手だ、だが卑怯者ではない、家中では臆病者といわれている、私は自分でもそうだと思っているんだ、卑怯と臆病とはまるで違う、おれは討手を買って出たし、その役目は必ずはたす覚悟でいるんだ」》
これは、双子が「臆病者だが卑怯者ではない」という、その奇策を編み出すまでの物語である。
これはまた、一種の滑稽譚でもある。臆病者と武芸の達人。弱者と強者。しかし、この立場が徐々に逆転していくというところに面白さがある。強者に対しては勝つ方法があるが、絶対の弱者に勝つ方法はない、という逆転の発想が鮮やかだ。途方に暮れていたはずの弱者の逆襲によって、今度は強者の方が途方に暮れる。
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