――そして先日、差し迫る締め切りの現実逃避のために当該テラリウムの剪定をしていた私は、とあることに気付き、「あ?」とガラの悪い声を出してしまいました。

 いつもの水晶の上でよじよじしているムカデの横で、何かが動いている。

 赤みがかった触覚をこちらに向け、「ヤア!」と言わんばかりに蠢くそいつ。

 なんか……ムカデ、もう一匹いるんだけど……?

小さな虫の正体は……? 阿部さんによるイラスト(2)

 結論から申し上げます。

 改めて確認したところ、一度に視認出来ただけで4匹いました。

 おそらく苔の陰にはもっとたくさんのムカデが潜んでいると思われます。

 いやもう、緩やかな共同生活とかほざいている場合じゃありませんでしたね。このままだといつか食料が枯渇してお手軽な蟲毒になっちまう。あたしゃそんなものが見たくて苔を育てているわけじゃないんだよ!

 外に逃がすためなんとか捕まえようと思ったのですが、彼らはむちゃくちゃ素早くて、貼り絵用の先の曲がったピンセットを構えたどんくさい作家など全く相手になりませんでした。

 現在、この原稿を書いているキーボードの30㎝先に、くだんのテラリウムはどんと構えています。苔は元気ですが、ムカデも元気です。

 明日、先のまっすぐな長いピンセットが配達される予定なので、もう一度チャレンジしてみようと思います。


©阿部智里

阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。現在は「八咫烏シリーズ」第2部『楽園の烏』を執筆中。

【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc

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