ステンレス製の格子の前、小虫の飛び交う電灯に照らし出された廊下には、人影が全く見えませんでした。流石にぞっとしましたが、いやいや、単に接触不良かもしれないし、と、無理やり自分を納得させました。そうして、寒気を堪えながら踵を返し掛けた時です。
――ピンポーン、と。
三度、チャイムが鳴らされました。
私は慌ててもう一度ドアスコープを覗き込みましたが、やっぱり、人影は見えません。
接触不良でなければ、カナブンが何度もぶつかっているのかもしれない。
私はチェーンをかけたまま、恐る恐る、ドアを開きました。
「あのう……」
その瞬間、今にも消え入りそうな、若い女性の声が聞こえました。
私は息を呑みました。
金属格子の向こう側、玄関に植えられた南天の木の間から、白い顔がこちらを覗いているのです。
そこで今にも死にそうな、苦悶の表情を浮かべて立っていたのは――と言うより、今にも泣きそうな顔で立っていたのは、私よりも年下と見られる女の子でした。
「夜分遅くに本当にすみません。私、〇〇号室の××です……」
「あ? 寮生の子? こんな時間にどうしたの?」
「あの、私、自室にカードキーを置き忘れてしまって……」
この寮のエントランスは、出る分にはカードキーは要りませんが、うっかり手ぶらで外に出ると入れなくなってしまうタイプのものです。私も何度かゴミ出しの際にうっかり自分を閉め出してしまった経験がありますが、その時は管理人さんに助けを求めて事なきを得ました。
しかし、その時は管理人さんもとっくにお休みになった時刻でした。
サークルの関係で深夜に帰宅した彼女は新入生で、こういう時に頼れるような寮生の友人もまだいなかったようです。家に入れずに困り果て、まだ明かりのついている私の部屋に気付き、何とか中から開けてもらえないかと助けを求めてきたのでした。