![作家の羽休み――「第61回:病院は早めに行こう②」](https://b-bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/c/d/1500wm/img_cd0a5b62f41a13a723911694d3026a68157433.jpg)
その日、私は病院に術前検査に行く予定だったのですが、あまりに私がやばい状態なのを見かねた母が先生に相談し、検査日をずらしてくれたのです。
「なんか大変なんだって? こっちは大丈夫だからお仕事頑張って!」
先生の伝言を貰った時には、もう有難くて有難くて涙が出ました。
先生の顔をした神さまがこちらを煽り散らす悪魔を背後から杖でぶん殴り、笑顔で言ってくれたような心象風景が浮かんだほどです。
――これは、神さまが先生を通して、私に「ここで諦めるな」と言っているんだ!
交渉してくれた母と先生のご厚意によって新たに出来た一日のおかげで、なんとか初校ゲラを完成させることが出来ました。
しかし、もう配達でゲラを送る時間的余裕もなく、印刷所に持ち込んでスキャンしてもらい、メールで添付するしかありません。私は動けないので、電話で近所の印刷所にアポを取り、父に代わりに行ってもらったのですが、ここでミスを犯しました。
電話でのやり取りで私の言い方がまずかったようで、なんと、カラーですべきところを白黒でスキャンしてしまったのです。
ゲラでは、こちらの指摘が分かりやすいよう、著者による変更は赤で書く決まりになっています。白黒では、どれが私の指摘なのか分かりません。でもやり直している時間がない……!
「こっちで何とかしますからとにかく一刻も早くデータを送って下さい!」
編集さんに言われて送りましたが、時間的にも作業的にも余計な負担をかけたのは間違いありません。
次のゲラ作業(再校ゲラ)は手術後になるのが確定しており、日程的にまたもやスキャンで行くしかないと分かっていたので、私は「次は絶対に間違えないようにしよう」と深く心に誓ったのでした。
そんな、ほとんど力尽きた状態でコロナにより面会謝絶となっている病院に入ったのですが、この決意が壮大なフラグであることを、この時の私は気付いていませんでした。
〈続く〉
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阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。
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