ゲラ作業が終わってすぐに家に電話し、「お父さんにゲラを取りに来て下さいとお伝え下さい!」と言った瞬間、母が「え、今日土曜だけど印刷所やってんの?」と言ったのです。
――マジで時間が止まったように思いましたね。
あっ、あっ、あっ。
え? 今日土曜日? うわあ、気付かなかったー!
でももう今日データ送らないとまずくない?
その後はもう必死でした。
母からは「前日までにアポ取っとかないからでしょ!」と(いい年して)叱られつつ、父からは「最悪俺が東京まで届けてやるよ……」と呆れぎみに言われ、平謝りしつつも「最悪の場合お願いします」と頼み込み、念のため編集さんに一報を入れ(けど状況が分かっても向こうは何も出来ないので無駄に「ヒッ!」ってさせただけでしたね)、医療用ベッドの上であちこちの印刷所に電話をかけ始めたのです。
スマホをタップしている間、心臓がばくばくで、冷や汗が止まらず、半泣きでした。
最初に電話をかけた初校ゲラの時にスキャンして頂いた印刷所は、案の定休みでした。万事休すかと思われましたが、その後、HPには土日が定休日と書いてあるにも拘わらず奇跡的に電話が通じる印刷所があり、「急ぎなの? 本当なら休みだけど来てくれるならすぐスキャンしてあげるよ」と言って下さったのです!
「いいんですか!? 是非お願いします~! ご迷惑をおかけしてすみません! 本当に助かります!!」
ベッドの上で頭を下げ、号泣しながらお礼を言いました。
なんとかそこでスキャンしてもらい、かろうじてその日の午前中のうちに編集さんにデータを送ることが出来ました。そして、編集さんが土日を返上して期日に間に合わせ、なんとか『追憶の烏』は本になったのです。
本当に、本当に危機一髪でした。
こんだけやべえ事態になったのは、何から何まで全部私の責任です。
私は自分を生まれながら作家だと信じていますが、〆切を守るとか、ペース配分と仕事量を現実的に考えて実行するとか、そういった部分に関しては完全にプロ失格の腐れ外道だと思っています。
本は言うまでもなく(毎度多大な迷惑をかけまくっている)担当編集さんをはじめとする文藝春秋の各部署の皆さん、印刷所の方などのお力によって形になっています。が、スキャンするために奔走してくれた父、優しい言葉をかけながらしっかり膝を手術してくれた外科の先生、そして休みなのにわざわざスキャンしてくれた群馬の印刷所の方がいらっしゃらなければ絶対に間に合わなかったと思います。
この場を借りて、お世話になった全ての方に心から御礼を申し上げます。
そして『烏の緑羽』のゲラ作業において、私は現在進行形で担当編集さんに去年と全く同じ負担を強いています……。
「今年こそは絶対、余裕をもってやりましょうね」
「私だって去年の二の舞はこりごりですよ!」
などと『緑羽』を書き始めた頃は編集さんと言い合っていて、前回のコラムを書いた時点では「『追憶』の時よりはまし!」などと言っていたのですが、結局「まし」と思っていた時点で私は油断ぶっこいていたわけです。実際は全然駄目駄目でした。
今回、無事に本が出たらそれは担当編集さんのお力です。
勘違いがないように言っておきますと、確かに書く作業には生みの苦しみがあり、私は毎度デロデロになっています。しかしそれは創作を行う上で普通に通る道であり、何も特別なことではありません。プロとして仕事するためには、その苦しむ期間を計算にいれて〆切に間に合うようにしなければならないわけで、その自分自身のマネジメント能力という点において、私はまるでダメダメなのです。
〆切間際の挙動に関して言うと、私は家庭菜園に侵入してきた紫蘇(しかも野生化していて食べても全然美味しくない)よりも厄介極まりない存在だと言えるでしょう。
10月7日の発売日に『烏の緑羽』を見かけたら、どうか私ではなく担当編集さんに「おめでとうございます!」「お疲れ様でした!」と声をかけて下さい。
しかし「病院は早めに行こう」と銘打っている割に、書き終わってみたら「原稿は早めに書こう」みたいな内容になっちゃいましたね。
次こそは間に合わせると思いながら、同じことを一体何度繰り返すのか……。
本当に……次こそはまともに仕事したいと思います……。
阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。
【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc
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