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動物学者が体験した

動物学者が体験した"毒々生物"の知られざる実態とは!?

文:今泉 忠明 (動物学者)

『毒々生物の奇妙な進化』(クリスティー・ウィルコックス)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『毒々生物の奇妙な進化』(クリスティー・ウィルコックス)

 本書の中で筆者は、毒液研究の権威であるクイーンズランド大学のブライアン・フライが「ドラゴンには病原性の細菌はないが、毒腺をもち、咬むことで血圧を下げる弱い毒素を送り込む」と主張していると書いている。筆者はドラゴンの項の結論として、咬まれた動物が汚い水たまりに入ったりするからそこで敗血症などになって死ぬと考えたようだ。「ようだ」というのは、小動物はドラゴンの毒により出血死するというだけではっきりと無毒とは断言していないからである。いろいろな事情があるのだろうが、事実を正確に記述している。

 オーストラリアの珍獣カモノハシに始まり、猛毒クラゲ、毒ヘビとつながり、毒をもつようになった進化に触れ、時には神話にも及びながら進化の歴史や人体のメカニズムをしっかり解説しつつ、最後には毒々生物の毒がもつ糖尿病やアルツハイマー病に対する薬効を述べた、毒液の未来における「人類を救うかもしれない」という可能性を大いに秘めた貴重な1冊である。

 日本では毒ヘビや毒虫はいなくていい生き物として扱われることが多い。奄美大島や沖縄本島などの固有種であるハブの棲息する地域では未だに買い取り制で「駆除」が進められているほどである。ヘビを見ただけで毒蛇と思い込み殺そうとするし、スズメバチが飛んでくると逃げ回る。彼らは意味なく存在しているわけではない。自然界での小動物の個体数の調整という役割がある。効率よく獲物を捕らえるときに毒が必要というわけだ。私たちは動物を有益か有害かで分ける傾向があるが、有害となると忌み嫌う。その前にもっと有毒生物の生態を調べたり研究する必要がある。自ら咬まれたり刺されたりするほどにまでなれとは言わないが、本書を読んで有毒生物に好奇心を掻き立てられた人が現れたら嬉しい。

文春文庫
毒々生物の奇妙な進化
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二

定価:1,045円(税込)発売日:2020年03月10日

電子書籍
毒々生物の奇妙な進化
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二訳

発売日:2020年03月10日

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