問診で事情を伝えると、先生は怪訝そうに首をかしげました。
「うーん。普通、魚の骨は刺さってもすぐに抜けてしまうものなんです。お魚を食べたのは4日も前なんですよね? 今でも喉に違和感があるなら、何か他に原因があるのでは……」
4日間も喉に魚の骨が刺さっているのに気付かないなんて、そんな鈍いことあるだろうか、と真剣に私の主張の信憑性を検討してくれているようでした。
――それがいるんだよなぁ。先生の目の前に!
私はいたたまれない気持ちで言いました。
「あの、違うんです先生。違和感の理由を推理したわけじゃなくて、喉に刺さっている骨が、目視で確認できるんです……」
「えっ」
ちょっとごめんね、と言って喉を確認した先生は、「ああー、これか!」と得心の声を上げました。
そして問題の骨は、すぐに専用の器具を使って引っこ抜いて頂けたのですが……これ、自力でやろうとしても絶対無理でしたね。
骨が取れるまでのわずかな間に、何度も「おええ!」とえずいてしまい、本気で吐くかと思いました。その度に「ごめんね」「苦しいよね」と先生と看護師さんに優しく声をかけてもらえたので耐えられましたが、もしひとりだったら喉は傷つけるし心は折れるし骨は取れないしで大変なことになっていたと思います。
実際、抜けた骨は私が想像していたよりもはるかに長くて、しかもその半分くらいの長さまで血がついていたのでギョッとしました。こんなに深く刺さっていたらそりゃあ自然には抜けないはずだと納得し、同時に、こんなに刺さってたのになんで私は気付けなかったんだ……と己を信じられない気持ちになりました。
「骨が実際に見えていたから良かったよ。見えないと、本当に刺さっているのか、他に原因があるのか分かりにくいからね」
落ち込む私を、不幸中の幸いとばかりに先生は慰めて下さいました。
「苦しかったでしょ。よく頑張ったね!」
先生があんまり優しいので、最後はなんだか「新年早々頑張ったんじゃない?」と気分が上向いて参りました。むしろ良い年始になったかもしれません。報告をした母にも「正月一発目からすごいじゃん! 今年は当たり年かもよ!」と言われたので(骨が刺さったのは去年なんですが)きっとそうなのだと思います。
腫れや化膿などもなく、現在では後遺症も全くなく済んでおります。
皆さんも、もし喉に魚の骨が刺さって一晩経っても抜けないなんてことがあったら、無理をせずすぐに耳鼻咽喉科に行きましょう! もしくは気付かないうちに魚の骨が喉に刺さっているなんてことがあるかもしれません。あまりに長い間、喉がイガイガして変だなあと思ったら、一度魚の骨が刺さっていないか確認することをお勧めいたします。
……あ、そんなに長いこと気付かないなんて私くらい? そうですか……。
阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。
【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc
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